CASE12 下肢動脈疾患
下肢動脈疾患とは下肢(足)の動脈が老化・硬化し血液の流れが悪くなることで、最悪の場合、足の壊疽(えそ)を引き起こす。九州の循環器内科のなかでもいち早くこの治療に取り組み始めた『熊本労災病院』の土井先生に、特徴や治療法について聞いた。
脳・心臓にも影響を及ぼす
足の動脈硬化症
血管の老朽化がもたらす「動脈硬化」と聞けば、多くの人は心筋梗塞や脳梗塞などの命を脅かす病気をイメージするだろう。実は、この動脈硬化が足にある下肢動脈で起こった場合も、深刻な症状を引き起こすことをご存じだろうか。それが、今回フォーカスする下肢動脈疾患である。
下肢動脈疾患は、足の血管が老朽化し硬化することで血管が狭くなり、血液の流れが停滞。最終的には足にできた傷が細菌に侵されて壊疽し、切断を余儀なくされることもある病気だ。「筋肉や骨、神経系の病気だと思って整形外科で治療を受ける方が多く、悪化してから下肢動脈疾患であると判明することは珍しくありません」と語る土井先生。下肢動脈疾患の主な原因は、生活習慣病の一つである糖尿病と喫煙。それぞれ血管の老朽化・硬化を引き起こす。とくに糖尿病患者の多くは、痛みへの感覚が鈍くなる神経障害を患うことから、足の壊疽が進んでも症状に気づきにくく、治療が困難となる場合もあるという。
「2007年に大規模国際登録研究REACHレジストリによる抹消動脈疾患を対象とした追跡調査が行われました。そこで、心臓に血液を送る冠動脈と脳血管、そして下肢動脈の疾患になる患者は、いずれも重なり合う(複数の疾患を患う)方が多いということが分かってきたのです。下肢動脈疾患になった方が数年後に脳や心臓の血管で大きな問題が発生し、心筋梗塞や脳梗塞で死亡するという例が多く、また5年生存率が60%台という研究結果もあります。ですので、足の血管だけでなく、体全身の血管の問題として捉える必要があります」(土井先生)。
下肢動脈疾患は、朝晩に手足の冷えやしびれを強く感じるという初期症状から始まり、次第に間歇性跛行(かんけつせいはこう)と呼ばれる少し歩くと足が痛くなり歩けなくなるが、しばらく休むとまた歩けるようになる状態に。次の段階では、安静時でも片足に強い痛みやしびれが続く症状が現れ、最終段階では足の指先やかかとが紫・黒色に変色し、傷を伴って治らない潰瘍・壊疽という深刻な状態に陥る。安静時の痛みや傷の治りが悪い場合は、血行がかなり悪化している可能性があるため、速やかな受診が必要となる。下肢動脈疾患ではまず足の温かさなどの触診や皮膚の色調などの視診をはじめ、足の状態を入念にチェックし、その後「ABI(足関節/ 上腕血圧比)」という負担の少ないスクリーニング検査がおもに用いられる。そのほか、場合により血管エコー検査、CT、MRI検査を行うこともある。
体に負担の少ない低侵襲治療に注力
循環器足壊疽外来を開設
より充実した診療体制に
下肢動脈疾患の治療法は、抗血小板薬や抗凝固薬を用いた薬物療法のほか、以前は人工血管を用いた手術などが主流であった。なかでも効果的なのは、バルーン(風船)やステント(金属の網状の筒)を使ったカテーテル手術だ。「動脈硬化によって細くなった血管にワイヤーを通してバルーンで血管を広げたり、ステントを設置したりすることで血流を促します。局所麻酔で行うため、体への負担も少なくて済みます。当院では体内に異物を残さない薬剤コーティングバルーンを用いた治療が多く、全体の7割程度行っています」。
同院が下肢動脈性疾患の治療に取り組み始めたのは2004年頃。当時は循環器科で下肢動脈まで網羅する病院は、九州では珍しかったという。「大阪の病院で研修を受けるなどして、下肢動脈に対応できる知識や技術を身につけていきました。この疾患の診察・治療は超音波検査の技能に高いクオリティが要求されるため、当院のエコー技師と一緒に試行錯誤しながら取り組んできた形です。現在までに延べ2000人以上の患者の治療を対応、経験を持ったドクターが県内に増えるよう、若手の先生も多く受け入れ、積極的に研修を行っています」。
同院では患者の体力的な負担を減らす「低侵襲(ていしんしゅう)」への取り組みにも力を入れている。例えば従来のカテーテル手術においては、X線透視を行いながら治療にあたるのが一般的だったが、患者や看護師が放射線で微量ながら被ばくするという課題があった。これを解決するためにエコー技師立ち合いのもと、超音波だけで経過を確認しながら手術を行う取り組みを進めている。また、カテーテルを挿入する場所も一般的な太ももの付け根ではなく、患者によってはより体力的な負担の少ない手首から挿入する手法を採用している。治療検査の際に使用される造影剤も、悪影響を受けやすい慢性腎臓病の患者に配慮した取り組みとして、造影剤を希釈したDSAやエスフォームと呼ばれる固定具を併用することで極力、低用量に抑えている。
「2021年からは、東京大学および杏林大学で壊疽の研究・治療を行ってきた『サキサカ病院』の匂坂正信先生をお呼びして循環器足壊疽外来を開設しました。外来患者だけでなく、入院患者の治療に関しても匂坂先生とさまざまな意見交換を行っています。こうした取り組みにより飛躍的に治療技術が向上してきていると感じています」。下肢動脈疾患は傷ができる前に、早期に発見して治療を開始することが大切。少しでも違和感のある方は、ぜひ早めに相談を。
0965-33-4151