一貫した診療体制で乳がんの早期発見・治療
生涯のうち、乳がんにかかるとされる日本女性は約9人に1人と非常に多い。熊本市中央区にある「くまもと乳腺外科病院」は乳がんの検診、治療を通して「乳がんで命を落とす人を減らす」といった大きな目標に挑戦している。同院の患者に寄り添う治療や取り組みについて聞いた。
一人ひとりに寄り添った
乳がん治療を提供
乳がんの発症率は年々上昇している。国立がん研究センターの統計によると2021年には9万9千人近くが乳がんと診断。40代・50代で発症するケースが多いのが特徴だ。女性に最も多く見られるがんで、生涯のうち、日本人女性の9人に1人が乳がんにかかると推定されている。その一方で、早期発見すれば治る可能性は高い。症状がなくとも40歳以上は定期検診とセルフチェックなどの対策が推奨される。「くまもと乳腺外科病院」は、熊本市に拠点を置く乳腺疾患の専門医療機関。もとは乳腺に加え消化器疾患を扱う病院として運営していたが、2025年1月から乳腺疾患に特化した診療に移行。乳がんで命を落とす人を減らすことを目標に診断から治療、術後のフォローアップまで、一貫して行う体制が整えられている。年間450件以上の手術、2000件を超える化学療法(外来・入院)を行っており、乳がんでは全国トップレベルの実績を誇る。
同院は「患者中心の医療」「最新医療技術の提供」、「チーム医療の推進」という3つの基本方針を掲げる。患者中心の医療とは、乳がんと向き合う患者一人ひとりの価値観を尊重し、納得のいく治療選択を支援すること。最新医療技術の提供においては、高度な診断機器の導入に加え、遺伝子検査や個別化治療にも力を入れ、最適な医療を提供する。また、チーム医療の推進では、専門医・看護師・薬剤師・栄養士など多職種が連携し、患者の治療と生活を包括的に支えている。さらに、化学療法で避けては通れない副作用によって呼吸器疾患、自己免疫疾患といった症状がみられる場合に備え、500m圏内の「熊本地域医療センター」と連携。副作用による診療科外の疾患も迅速に治療ができる体制となっている。乳がんでは、早期の診断が重要なのは言うまでもない。同院では新型マンモグラフィや超音波組織弾性映像装置、64列マルチスライスCTなど最新型機器を導入し、高い精度の診断を行っている。加えて、手術前に抗がん剤を投与し、腫瘍を縮小して乳房温存術を可能にできるケースも。こうした先進の診断や治療法を取り入れ、がんの性質や進行度を把握、患者に寄り添い、的確で最善の治療を提案している。
豊富な経験を生かした
乳がんにおける病理診断
乳がんの診断には「病理診断」が欠かせない。視触診やマンモグラフィ、超音波、MRIといった画像診断を経て、最終的には患者から採取した細胞や組織を顕微鏡で観察し、良性か悪性か判断する必要がある。この病理診断の結果がその後の治療方針を大きく左右する。同院では、手術室に隣接した病理室・病理診断室を設置。診療部長として、九州でもトップクラスの乳がん症例の実績を持つ有馬信之病理専門医が在籍している。大きな総合病院以外で病理診断医が常駐するのは全国でも珍しいという。病理診断医が院内にいることで臨床医との情報共有がスムーズになる。診断が困難な症例や治療方針に迷う場合も、細やかな相談ができることで治療の質とスピードが向上する。具体的な利点の一つが手術中に行われる「センチネルリンパ節生検」。腋のリンパ節ががんに侵されているかを確認するために採取した検体を手術中に短時間で診断、不必要なリンパ節切除を回避することができ、患者の身体的負担を軽減しつつ、再手術のリスクを大幅に低減する。
また、近年目覚ましい進化をとげる薬物療法の薬剤選択に関しても病理専門医の存在が大きい。例えば、HER2というがん細胞を増殖させる遺伝子が過剰に発現した乳がんを選択的にまた、非常に効果的に攻撃する「分子標的薬」という薬剤がある。これを使うためには、この〝遺伝子異常があるか否か〞を調べる必要がある。そのため、患者から採取した細胞から遺伝子異常のあるなしを病理専門医が診断、分子標的薬が使えるかどうかを判断する必要がある。病理専門医不在の病院であれば、遺伝子の過剰な発現や配列の異常を調べる外部の検査機関に検査を依頼する必要があり、時間と手間を要する。しかし病理専門医がいる同院ではすぐに判断がつくという大きなメリットがある。加えて、従来明らかな過剰発現のみに効くとされていた分子標的薬が、微弱な発現でも使えるといった適用の拡大もあり、日々細やかな診断が求められている。つまり、薬剤の選択にも病理専門医の考えや診断が大きく関わるのだ。今後新たな薬剤の開発が次々と進むと予測され、「表に出ない裏方の仕事」である病理診断の役割はさらに重要なものとなるだろう。
検査を通じて
未来の健康を守る
乳がん全体の7〜8%は「遺伝性乳がん」とされている。そのうちの半数以上は、BRCA1またはBRCA2という遺伝子の異常によるもので、「遺伝性乳がん・卵巣がん」と診断される。一般的な乳がんと比較して①若年での発症が多い②乳房内で再発する可能性が高い③対側の乳房にも発症するリスクが高い④卵巣がんやすい臓がんを合併するリスクがあるといった特徴を持つ。こうした背景から遺伝性乳がん・卵巣がんは、治療だけでなく再発予防や他の部位への発症リスクを見据えたケアが重要となる。そのため同院では、完全予約制の「遺伝カウンセリング外来」を設置。遺伝性乳がん・卵巣がんに関する診療・アドバイスを行っている。乳がんと診断された場合、医師は患者の家族歴を確認する。親やきょうだい、祖父母など3親等内に乳がんや卵巣がん、すい臓がんの既往がある場合は、遺伝性乳がん・卵巣がんの可能性を検討。条件を満たせば保険適用でのBRCA1/2の遺伝学的検査が提案される。
遺伝性乳がん・卵巣がんの検査結果が陽性の場合、患者にはいくつかの選択肢が提示される。例えば、通常では部分切除が可能である場合も、乳房内再発のリスクを考慮して乳房全切除術を検討する。卵巣や卵管もがんのリスクがあるため、これらを予防的に切除する選択肢も考えられる。近年では、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーが予防的乳房切除を選択したことでも話題になった。こうした予防的手術は、乳がんや卵巣がんの発症リスクを低減、場合によっては寿命を延ばす効果があることがデータで示されている。
ただ、検査結果が陽性であっても、予防的手術を選ばず、定期的な経過観察や通常の乳がん検診を継続するという選択肢もある。つまり、予防的手術を行うか否かは患者の価値観やライフスタイルに大きく左右される。どのケースにおいても十分な情報提供と丁寧なカウンセリングが求められる。同院の遺伝カウンセリング外来では、こういった乳がん患者からの相談に応じ、検査や治療に関する幅広い選択肢の提示を行っている。一方で、まだ乳がんを発症していない人も遺伝カウンセリングを受けることが可能だ(乳がんの診断を受けていない場合は自由診療)。3親等内のがん既往歴から将来の遺伝性乳がん・卵巣がんの心配がある人はカウンセリング(1枠1時間程度・初診税込1万1千円)をお勧めしたい。いずれの場合も、家族歴が分かっていると相談がスムーズになる。同院では、公式ウェブサイトで家系図記入用紙を公開している。「どの検査・治療を選ぶかは患者さんの考え方次第。私たちは適切で正しい情報を充分提供し、患者さんがより良い選択ができるようサポートをするだけです。」と遺伝子腫瘍専門医である渡邉すぎ子副院長は語る。
患者の負担を軽減
がんサロンの開催も
乳がん治療において抗がん剤治療(ケモテラピー)は患者にとって避けられない治療の一つ。しかし吐き気や倦怠感といった副作用が治療継続の大きな負担になっている。そこで同院が掲げているのが「ケモトピア」という理念。ケモテラピーと理想郷(ユートピア)を組み合わせた言葉で、副作用を最小限に抑え、患者が安心して治療を継続できる環境をつくりたいといった思いが込められている。ケモトピア実現の大きな柱が「支持療法」。患者を細かく観察しながら副作用を軽減する薬の処方や治療を行い、治療継続率を向上させる。また、患者のライフスタイルに配慮した支援にも力を注ぐ。抗がん剤による脱毛への不安を軽減するための帽子やウィッグへの情報提供、乳房切除後のおっぱいバッドの裁縫教室など、身体的かつ精神的なケアも重要視している。
治療効果が高く、副作用の少ない最新の薬剤の登場も特筆すべきだろう。前述した分子標的薬やトリプルネガティブ乳がんに使われる免疫チェックポイント阻害剤といった新しい薬剤は患者の生活の質(QOL)の向上が期待できる。もちろん、どの薬剤でも副作用には細心の注意が必要であり、常に患者には十分な説明を行い治療にあたる。また同院の新たな取り組みとして「くまもと乳腺がんサロン・風そよぐラウンジ」がある。がん患者や家族が集まり、交流や情報交換をする場で、2025年10月から開始。県内でも唯一の女性限定のがんサロンだ。がん患者に寄り添い、身体的、精神的に負担を軽くするための取り組みに今後も注目が集まる。
医療法人社団世安会 くまもと乳腺外科病院
<インフォメーション>
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