「温存が世界的主流」となった半月板治療
アスリートのけがなどでよく聞く「半月板損傷」。修復に関して、世界的に技術革新が進んでいる分野だ。以前は切除手術が主流だったものの、現在は「温存する」という考え方が広まっている。『リハビリテーションセンター熊本回生会病院』の鬼木泰成院長に、現在の半月板治療について聞いた。
重要な働きを持つ半月板
加齢による変性も
半月板とは、太ももの骨(大腿骨)とスネの骨(脛骨)の間にある線維性軟骨組織のこと。内側と外側に一つずつあり、C字(半月)型をしていることからこう呼ばれる。 膝にかかる体重の衝撃を分散させるクッション性と膝関節が動く際の安定性に加え、関節液の循環を助け、滑らかに膝を動かすといった働きを持つ。「人間が活動するために欠かせない、重要な部位と言えます」と鬼木院長は話す。
半月板が傷ついたことで膝の曲げ伸ばしの際に痛みや違和感が感じられ、日常生活やスポーツしづらくなるのが「半月板損傷」だ。同院では女性の患者が若干多いが、男女ともに10代以降にまんべんなく発症。特に40代以上が7割を占めている。サッカーやバスケットボールといったスポーツ中のけがや、転倒・転落などによって引き起こされることもある(外傷性)一方で、誘引された理由が不明なケースが半数以上となっている。そもそも半月板は、日頃のひねり・ねじり・しゃがみ動作などで少しずつ切れていく。生まれた直後には最大量だった半月板内の水分量は成長するにつれ減っていき、水分を保持するコラーゲンの質の変化(変性)が起こる。二足歩行とともに自然と変性が始まり、20代で少なからず傷が見られ、40代以降はさらに傷は顕著になるという。その結果、変性した半月板に微弱な力が加わって損傷する半月板損傷(変性断裂)もあるという。よって、「誘引不明」の半月板損傷のうち、加齢による変性が原因となるケースもあると予想される。
「切除」から「温存」へ
世界的な意識の変化
一般的に、スポーツ選手の休養や引退にまつわるニュースでよく聞く「半月板損傷」。サッカーやバスケットボールといった人気スポーツで発症しやすいこともあり、世界的にも研究が進み、技術革新が著しい医療分野の一つ。世界における半月板修復の市場規模は、2024年には760億円に迫り、2033年には1000億円を超えるといった予想もある。技術革新が進む世界の関節外科医の合言葉となっているのは「Save The Meniscus(セーブ・ザ・メニスカス=半月板を守れ)」。切除をゼロにし、可能な限り温存(半月板を残すために縫合)するというのが世界共通の考えだ。
以前は、半月板損傷の主な治療法は「切除手術」とされていた。しかし、切除手術を受けた後に変形性膝関節症を発症し、膝の痛みが改善しづらいケースが散見されるようになってきた。その結果を受け、切除ではなく温存が望ましいといった意識へと変わってきたと鬼木院長は話す。半月板は、体重を分散するクッション性や関節の安定性といった重要な役割を持つ。「人生100年時代といわれる昨今、長い人生を活動的に動くためにも、スポーツ愛好家のみならず全ての人は簡単に半月板を切除するべきではありません」と鬼木院長。実際、同院における半月板損傷の手術件数を見ると、2020年は切除手術が温存手術の2倍強だったが、22年には逆転、24年には温存手術が4倍とその意識の変化は顕著に表れている。
必要のない切除手術が
行われている実情を苦慮
しかしながら現状として、今でも半月板損傷➡切除手術の流れは多いという。「温存する」世界の流れに逆らうようだが、温存するための手術には高い技術と豊富な経験が必要なため、現在も切除手術といった治療法を取る医療機関が少なくない。さらに鬼木院長は大きな課題として「MRI画像ありきの診断」を挙げる。日本は人口100万人あたりのMRI台数が約60台と世界1位(図5)。2位のギリシャの約40台と比べても特出して多く、いわば「気軽にMRIを撮りやすい環境」が整っている。多くの医療施設がMRIを持っているがために、膝の痛みを訴える患者をMRI撮影➡半月板に「傷」を発見➡即手術となるケースが少なからず見られるという。加えて、MRI画像を読み取る専門的知識の不足も鬼木院長は指摘する。「MRIの画像で見ると、正常な半月板と傷ついた半月板の違いや加齢のための変性と損傷の区別は非常に困難です。
膝を専門で見ている医師であっても難しいことさえあります。その結果、切除しなくてもいい損傷であっても切除手術となっている患者が少なからずいます」。加齢によって生じた変性にもかかわらず傷(=半月板損傷)と診断を受け、切除手術を受けた患者が「膝の痛みが取れない」と同院を訪れることもあるという。「結局、膝の痛みは半月板が原因でなかったケースもあります」。半月板損傷をMRI画像で見た場合の正しい診断率は、専門家で85%前後。日頃膝の疾患を診ることが少ない医療機関の場合はさらに正診率は下がると予想される。「5人に1、2人は、傷と思われて切除手術となってしまっているのが大問題なんです」。鬼木院長は力説する。
治療は関節内注射や
抗重力筋の訓練も効果的
では、半月板損傷の診断・治療は本来どのように行われるべきなのか。鬼木院長は「診断には問診と触診が最重要」と念を押す。どの動きで膝が痛むのか、逆にどの状態なら痛まないか、しっかりと患者と対話を行う。半月板は自らの足が地についている時に傷付く。例えば「転んで膝を痛めた」ケースでは、転倒時=地に足がついていない➡半月板損傷の可能性は低い、といった判断ができる。さらに半月板の位置を押さえ、痛みが感じられるかを触診するのも大切。この診断によって半月板損傷の疑いがあって初めてMRIでの撮影・画像診断となる。MRIの画像診断はあくまで補助の位置付けだ。仮に、半月板損傷と診断を受けた場合も「Save The Meniscus」の考えが基本。まずはヒアルロン酸などの関節内注射で、半月板内の水分量を一時的に増やして痛みを緩和する。同院で行っている「PRP療法」も効果的だという。これは自己血から抽出した多血小板血漿を患部に注入することで自己組織の修復を促す再生医療だ。
加えて、半月板と膝にストレスを掛けないために、重力に逆らう「抗重力筋」の訓練も必要。筋力を付け、正しい力の入れ方をトレーニングすると膝にかかる力を和らげることができる。ここで注意したいのは、ジムなど一般的な筋力トレーニングでは逆に膝にストレスがかかること。医学的なリハビリテーションの要素を持った筋力訓練が欠かせない。同院が併設しているスポーツメディカルセンターのような、医師の監修を受けた施設が望ましいという。もう一点言及すべきなのは、半月板にはほとんど血行がないこと。血液が通っていないということは、経口摂取の薬剤やサプリメントの効果は届きづらく、サポーターや痛み止めも意味がない。また、血液が届かないことから再生や再建ができず、自然治癒も望めない。「だからこそ、まずは関節内注射、筋力の向上で痛みを押さえることを治療のスタートとするべきです」と鬼木院長。
半月板を残すために
進化を続ける温存手術
関節注射や筋力訓練を経てなお、痛みが改善しない場合に手術を検討する。しかしこの時も「切除」一択ではなく、「温存」手術を優先する。温存手術は大まかに分けると「縫合手術」と「制動手術」の2種。縫合手術は、傷ついた半月板を縫い合わせて修復する手法。損傷の位置などにより縫い方を変えなくてはならず、高度で専門的な知識と技術が必要だ。さらに2024年の診療報酬改定で保険適用となった「制動手術」は、脛骨に糸の付いたアンカーを打ち込み、半月板をすくい上げるように糸を通す。これまで人工関節を入れるような人も半月板の制動が可能となり、スポーツ復帰への期待が高まる最新技術だ。「『SaveTheMeniscus』の世界的流れから半月板を温存するために目覚ましい技術革新が続いています。縫合が難しかった変性が強いケースでもさまざまな手法が生み出されています。半月板が仮にぼろぼろになっていたとしても、必ず縫合できる」鬼木院長の言葉は力強い。
一方で、切除手術が望ましいケースもないわけではない。半月板損傷による膝の強い痛みを訴える高齢者の場合、痛みをなくすことを優先したい。手術後一定の安静期間とリハビリテーションが必要な縫合手術に対し、切除手術は翌日からすぐ動けるメリットがある。安静期間による筋力の衰えを考慮して、切除手術を選択することもある。「ただ、若い世代や働き盛りの場合はその後の長い人生があります。日常を続けるという意味でも半月板は残しておくべきです」。鬼木院長は「残す手術」の重要性を繰り返す。
世界的に期待が高まる
今後の半月板修復技術
日々、技術革新が進んでいる半月板修復分野。現在、直径1.6㎜のカメラが針の先端に付いた「ナノスコープ(ナノ鏡)」で膝内部の診断ができる技術も生まれている。膝内部に入れて直接患部を見ることができるため、MRI画像で生じがちな誤診のリスクが低くなる。「カメラが1回ごとの使い捨てとなっており、コストの問題があるものの、将来的にはMRIの画像に頼らずに治療方針が決められるかもしれません」と鬼木院長は期待を寄せる。
加えて近年、世界では「半月板移植」が大きな話題だ。亡くなった人(ドナー)から、同サイズ・同位置の半月板を移植するやり方だ。患者と同じ性別・似た体格のドナーといった条件はあるが、前述した通り半月板には血行がないことから他の部位の移植にあるような拒絶反応が見られず、適合しやすい。現在、日本の移植法には半月板が含まれていないため日本での手術は不可能だが、南米地域ではすでに半月板移植手術の研究が進んでいる。また、数十年前から研究が始まった人工半月板についても新たな動きが見られる。もともと、半月板は縦・横・網目状の線維が合わさってコラーゲンの構造が複雑。以前つくられていた人工半月板は、形は似ていたものの構造が均一で、体重をうまく分散できないといった欠点があった。しかし、現代は科学的に構造が判明しつつあり、線維の複雑さを3Dプリンタで再現しようとする研究も進んでいる。今後の技術革新に注目したい。
充実した人生のために
半月板について知ってほしい
以前は切除手術が主流だった半月板。鬼木院長は「将来をふまえ可能な限り温存する」という考えを強調する。「膝の痛みがあって受診をしたときにMRI画像を根拠に半月板切除手術を提案されたら一度立ち止まってほしい」とメッセージを送る。長く生き生きとした生活を送るには、体を動かすことが重要な要素であるのは言うまでもない。そのためにも半月板の役割は大きい。「私たち、関節の専門医にとって『半月板を切除する』は、『片方の眼球摘出』と同じレベルです。確かに片方の目がなくなっても生きてはいけます。しかし、充実した生活を考えると、簡単になくしていいものではありません。ぜひ半月板の重要性を知ってほしいと思います」。
医療法人 回生会 リハビリテーションセンター 熊本回生会病院
