(持続性知覚性姿勢誘発めまい)
診断も治療も難しい「めまい」。中でも「持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)」は、ふらふらと体が浮くようなめまいが続く疾患で、これまで原因不明とされてきた。原因や新たに提唱される治療法を『松橋耳鼻咽喉科・内科クリニック』の松吉秀武院長に聞いた。
めまい専門クリニック
『松橋耳鼻咽喉科・内科クリニック』は、松橋町の通称〞きらら通り〞に位置。一般的な内科、耳鼻咽喉科領域に加え、めまいを専門としたクリニックでもある。熊本大学病院耳鼻咽喉科助教を経て、日本めまい平衡医学会認定めまい専門会員・同学会認定のめまい相談医の肩書を持つ院長が平成20年に開業した。同クリニックはめまい検査にVR(バーチャルリアリティー)を用いてめまいの原因を検査できるREEVEER PitEye(Parafeed 社製)、全身用16列マルチスライスCTスキャン、ABR(聴性脳幹反応・小児難聴の検査)、高気圧酸素療法装置など大学病院レベルの医療機器が多数そろえている。
一般的に、めまい症状で内科などを受診すると、頭部CT検査が行われる傾向にある。しかし院長は「めまい疾患の初診時で重要なのは、眼球の動きです。費用もかさみ、頭部被ばくを受ける頭部CTはほとんど必要ありません。まずは耳鼻科を受診してほしいですね」と語る。同クリニックでは赤外線CCDカメラを装着して、目の動きをモニターで即時チェック。グラフとして表示されるため、患者の負担を最小限にしつつ的確な診断を得られる。
約6割が内耳
同クリニックが1年間(2023年3月〜2024年2月)に手掛けためまい患者は1565例にものぼる。その内訳を「めまい平衡医学に関する国際学会」での診断基準に基づいて調査しためまい臨床統計を見てみよう。多いのが「良性発作性頭位めまい症」であり、確実例・疑い例を合わせて、めまいの4割を占めている。
めまいの症状でよく知られるのが「メニエール病」だ。それに遅発性内リンパ水腫(高度難聴にかかった後に長期間経過し、メニエール病と同様に内耳が水ぶくれのようになる疾患)も合わせた「メニエール病類縁疾患」が15・3%だった。これらはすべて内耳を原因とする「末梢性めまい」であり、全めまい症例のうち58・9%を占めていた。なお、原因が耳ではなく脳にある「中枢性めまい」は同クリニックでは5%以下となっている。
PPPDとは
2017年、新たに診断基準が策定され、原因や治療法が解明されつつある「持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)」。複数あるめまい診断のうち、浮動性めまいが3カ月以上続く疾患を指す。同クリニックのめまい疾患の内訳を見ると6%強と少なくはあるものの、これまで原因不明とされてきためまいの2/3がこのPPPDとされ、隠れた患者は多いと予測される。ドイツでは「良性発作性頭位めまい症」に次いで2番目に多いといった報告もある。今後、日本でも患者数が増える可能性も指摘されている。
3カ月以上持続するめまいを「慢性めまい」と言い、その原因として最も多いのがPPPDとされている。ほぼ一日中、絶えずフラフラと揺れる、ふわふわと浮いた感じがするといった浮動性のめまい症状がみられる。急に立つ、歩くなどの動作を起こした時、あるいはスマートフォン画面のスクロールやスーパーの陳列棚といった移り変わりの激しい映像を見た時などに悪化しやすいのが特徴だ。原因として、体のバランス機能の不具合が挙げられる。本来、人間は体を動かす際の情報を主に眼・内耳・足の3器官から取得し、脳に伝えることで体のバランスを取っている。
しかしストレスや一時的な強いめまい、あるいは慢性的なめまい症状で内耳の力が低下し、耳からの情報が入りにくくなることがある。その結果、残りの眼と足からの情報に過剰に依存してしまう。したがって、眼と足からの刺激(体の動き)に対し、体が過剰に反応、フワフワ浮くようなめまいにつながると考えられている。次第に脳が体のバランスを保つ情報をうまく処理しきれなくなり、めまいが慢性化していく。
PPPD発症の引き金に
前段で述べた通り、PPPDは他のめまい疾患が発症のきっかけとなることが多い。同クリニックでPPPDの診断を受けた患者138例の先行疾患の内訳を示す。特にメニエール病が27・5%と多く、片頭痛関連めまいが17・4%、良性発作性頭位めまい症が13・0%と続く。メニエール病はめまい感が長期にわたり継続し、抑うつや不安を感じやすい傾向があることから、メニエール病患者はPPPDを併発している可能性が考えられる。
また、思春期の子どもに多い「起立性調節障害(OD)」も11・6%と少なくない点にも注目したい。立ちくらみや頭痛、不眠、全身の倦怠感などの症状が見られ、朝から起きられないこともあるという。不登校の一因ともされていることから、不登校で悩む場合は耳鼻科受診も選択肢の一つに加えておきたい。いずれも、めまい疾患を抱える患者は長期にわたった場合にPPPD発症のリスクが高まるといえる。
3つのサブタイプに分類
PPPDは悪化する要因によって、「視覚刺激優位型」「能動運動優位型」「混合型」の3つのサブタイプに分類できる。視覚刺激優位型は、眼から入ってくる情報に過敏に反応するタイプ。スマートフォン・パソコンの画面や高速道路などでの車窓、人混み、スーパーの陳列棚といった視覚情報が激しく移り変わるようなシーンでめまいが悪化する。症状が進むと買い物や運転がままならず、日常生活に支障をきたすケースもあるという。治療開始前の重症度は他のタイプより高く、難治性があると考えられてきた。なお、同クリニックが行った調査によると、PPPDの患者のうちの3/4が視覚刺激優位型となっている。
一方、能動運動優位型は、急に立ち上がる、振り向く、大股で早歩きをする、頭を動かすといった自発的運動によりめまいが引き起こされる。また、混合型は視覚刺激結型・能動運動優位型の両方の特徴を持つタイプとされている。いずれも視覚刺激優位性タイプより患者数は少ない。
PPPDの改善が見られる
前述した通り、PPPDは耳からの情報をうまく使えなくなることで生じる。言い換えると、脳が不安を覚え、落ち着かなくなることが原因だ。その点に着目し、PPPD患者に対して不安を押さえる「セロトニン」を脳内に増やす薬物治療が始まっている。この薬物はSSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)と呼ばれており、従来は「抗うつ剤」として処方されているもの。「脳の不安を抑える」といった意味から、PPPDの改善が期待できるとして治療に採用される。 先行研究においてのSSRI投与では、抗うつ剤として投与されるケースと同量が処方された。その結果、副作用として吐き気や腹部膨満といった腹部症状が64・4%に見られ、使用継続率が低下したと報告されている。
一方、同クリニックでは独自にこのSSRIを先行研究の1/4〜1/8の量を投与する臨床研究を実施。その結果、副作用の発現率は23・1%と低く、吐き気止め薬との併用でかなり抑えられることが判明した。副作用が少ないことから、継続しやすくなる点もメリットの一つだ。さらに治療効果においては、少量であっても、従来の量を処方したケースとほぼ同じ改善率が得られた。75・9%、つまり4人中3人に、PPPD症状の改善が見られたと報告されている。もちろん、PPPD治療では薬物療法に加え、体のバランスを維持したり、視覚に頼りすぎないようにしたりするリハビリも有効だ。不安やストレスを軽減するカウンセリング、認知行動療法なども治療の一つ。薬物療法に加えた様々なアプローチによって平衡感覚を正常に戻し、脳の不安を取り除くことがPPPD症状の改善につながる。
かなりの改善へ
加えて、少量SSIRの投与後、前述の3タイプ別に予後を調べたところ、すべてのタイプで改善したが、特にこれまで難治性と考えられてきた「視覚刺激優位性」の患者で最も劇的な改善が見られた。治療前の重症度(NPQ値として表現され72点満点)と治療後の重症度を数値化するとその違いは明らかだ。
従来、重症で治りにくいと考えられていた視覚刺激優位性のタイプも少量SSIR投与でかなりの改善が期待できると言える。また、不登校の一因ともされる起立性調節障害(OD)をきっかけにPPPDを発症したケースにおいても視覚刺激優位型の場合は87・5%という高い有効率で改善が見られるという。不登校の解消にも少量SSIRが救世主となるかもしれない。
今後の研究にも期待
少量SSIRでの治療で最も大切なのは「症状が良くなっても自己判断で薬を中断しないこと」。脳を安定した状態にリセットするには長期間の治療が必要だ。例え治療継続中に症状が一時的に悪化しても、約6割の患者がそのまま薬を平均8週間飲み続けることで再び改善傾向に戻る。症状に波があっても、まずは最低でも10カ月は服薬を継続することが望ましいという。
また、最初に長く服薬するほど、薬を止めた後の再発までの期間が延びることも分かっている。つまり、長く継続するほど再発しにくい体をつくることができる。同クリニックでは患者の状態を見ながら最適な治療スケジュールも提案している。なお、少量SSIRは1日1回の服用で1日分の薬価は5円程度。これに保険適用されるため、患者の負担は少なく継続がしやすい。いずれにせよ、独自の少量SSIR治療の研究は現在も進行中だという。長年診断もつかなかっためまい症状であるPPPD治療のさらなる進化を期待したい。
正確な診断・治療を
前述した通り、慢性めまいの一つであるPPPDには先行するめまい疾患があることがほとんど。早期にめまいの診断を受けておけば、PPPDに移行するリスク低下につながる。めまいの診断には、温度刺激検査や、同クリニックに導入されたビデオヘッドインパルス検査(vHIT)を使う。被験者は専用ゴーグルを装着、頭を左右に動かす。
医師がその際の眼球の動きを計測・解析することで、めまい発生原因の一つである左右の三半規管の機能を個別に測定、機能評価を行う。波形で三半規管の機能を定量化でき、治療の効果も正確に追跡することが可能。椅子に座ったままの手軽な診断のため、患者の心身のリスクは低く、不安軽減も得られる。
正確で迅速な診断は、適切な治療に欠かせない。例えば「めまいを伴い突発性難聴」では、早期治療が後遺症である難聴を防ぐことから、2週間以内の治療開始が必要だ。長年「原因不明」とされることも多かっためまい。「めまい専門医として最新機器や新たな治療法を導入し、諦めていた症状にも治療の道を提供していきたいですね。原因不明だと諦めていた人も、治療の可能性は必ずあります」。院長の言葉は力強い。
医療法人社団松吉会 松橋耳鼻咽喉科・内科クリニック
