児童思春期精神医療をリードする新しい風
2024年度の文科省の調査によると、小・中学校における不登校児童生徒数は35万3970人。10年前と比べて、小学生は3.6倍、中学生は1.7倍も増加しているという。また、20歳未満の精神疾患総患者数は59.9万人で、1999年(平成11年)と比較し5倍以上。社会問題として児童思春期精神医療に関心の高まる中、“児童思春期外来”を開設している『玉名病院』を訪ねた。児童思春期精神医療のスペシャリストとして診療に携わってきた川原一洋院長が目指すものとは?
子どもに寄り添う
〝Well‐being Platform〞
近年、増加傾向にある子どもの精神疾患患者数。同院の外来診療数字でも、2021年以降、患者数が増加傾向にある。背景にある要因を尋ねると、院長は言葉を選びながらも「複合的な要因があると考えられていますが、神経発達症をはじめとする子どもの精神疾患に対する認知が広がったことや社会経済状況の悪化による家庭生活全体への影響もあるでしょう。また、コロナ禍では、多くの子ども達がパンデミックという異常な日常生活を強いられました。コロナ禍以降は、人との距離感が遠くなる一方で、スマホ、タブレットとの距離感が近まり、ネット・ゲーム依存やSNSでのトラブルが増えてきた印象もあります」。学校生活を対象にした調査では、先生や友達との人間関係にも影響を及ぼし、〝登校意欲が低下した〞という分析も見られるという。不登校や引きこもり数の増加に関りがあると思われる。
同院は、2018年6月に〝児童精神科外来〞を開設。年長児から中学生までの子どもを外来診療している。児童精神科においては全国的に受診待機の声も聞かれる中、同院においては県北をはじめとして、県内各地から問い合わせがある現状だ。「自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、不登校や引きこもり、不安症、強迫症、トラウマ(PTSD)など、困り事はさまざまです。ただ、心掛けていることは、まず受診してくれたことを労うようにしています。好きで病院に来る子はいないでしょうし、むしろ来たくないという気持ちが強いはずですから」。同院が掲げる理念は、信頼・希望・安らぎ。さらに院長は、地域の人々とのつながりに重きを置いて、〝Well‐being Platform〞をコンセプトに掲げ、地域の心のプラットフォームを目指している。ウエル・ビーイングとは、「well(よい)」と「being(状態)」を組み合わせた言葉。世界保健機関(WHO)憲章で、「健康とは、病気ではないとか?弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にもそして社会的にもすべてが、満たされた状態(Well‐being)にあることをいいます」と定義づけている。
ウエル・ビーイングを
空間設計にも反映
親しみ深い「樹木」をモチーフにした病院のロゴマークが目を引く。中心にある木の幹は〝病院〞を、その周りに色とサイズ、形の異なる円を描いて〝個性〞を、一本の樹木を〝社会〞として表現している。デザインコンセプトは人それぞれ様々な花を咲かせ、様々な果実を実らせることをイメージ。自然豊かな環境にある同院が、具現化されているようだ。さらに、無機質になりがちな診察室は柔らかいトーンが配色され、読書ができるよう児童図書も並べた待合室や清潔感のあるキッズスペースも確保。プライベート感を重視した擦りガラス窓からの採光と高い天井は明るく、子どもの緊張感を和らげる配慮がある。「来たくなくても通院をしてくれる子どもや忙しくても連れてきてくれる親にとって、どうしたら居心地の良い寄り添える空間になるか?」院長自ら積極的に設計に携わり、創意工夫が施されていったという。
学校・地域・医療施設が連携
次のステップアップをフォロー
学校や訪問看護、福祉関係者との連携を図りながら独自のプログラムと
カリキュラムで、治療にあたる同院。2025年秋に完成したデイルーム
や学習室を備えた新病棟での入院診療とデイケアに注目。
入院診療
「子どもの精神疾患は早期発見・早期治療がとても重要です。当院では、外来診察による個人療法では対応困難な子どもに対して、入院診療や集団療法を行っています。治療の中では、まずは学校や家庭の中で傷ついた子どもの気持ちを理解し、不安や抑うつ、生活リズムの乱れ、暴力などの課題を本人自身が克服するために、治療者が伴走者となって取り組むことを心がけています。適切な診療を受けることで、子ども自身が持つ回復力を引き出し、健やかな成長へ繋げていきたい」と院長。新棟の児童思春期ユニット(8床〜14床)には、大部屋と個室タイプを設置。主な対象疾患となるのは、うつ病、神経発達症、ゲーム依存、不登校や引きこもり等。毎日7時45分起床から21時半消灯まで1週間のタイムスケジュールが組まれている。平日は学習時間の他に、もの作り・野菜栽培、運動などが組み込まれ、1〜2時間半のフリータイムもある。
児童デイケア「びよんど」
「〜乗り越えて」の意を持つ英語の前置詞BEYONDから付けられた児童デイケア「びよんど」。不安感が強い子、学校生活がうまくおくれない子、コミュニケーション・集団への参加が苦手な子を対象に、小〜中学生約10名が参加。第1・3土曜日の月2回、午前(8時45分から12時)にデイケア棟で行われている。特に大きな目的としているのは、〝社会で生きていく力を身に着ける〞を軸に、①安心できる場所づくり、②人とうまくやる力を身に着けること。風船バレーなどを取り入れた朝の会からスタートし、学習時間では、学校での授業とは異なる遊び感覚で、問題にチャレンジする間違い探しや点つなぎなどに取り組む。さらに、社会生活をおくる中で必要なスキル、人とうまくやっていくための方法を身に着けることを目的としたSST®(ソーシャル・スキル・トレーニング)では、想いを伝えるロールプレイやほめほめトークなど、工夫されたプログラムを体験する。
思春期デイケア「TRAIN」
有名な応援ソングの歌詞に子ども達を重ねて、院長自ら名前を提案したという思春期デイケア「TRAIN」は、2022年5月に開設。通信制高校に進学している子や不登校・社交不安のある中学生から高校生が対象。1回に3〜5名の利用者で学習、SST、フリー遊びなどに取り組む。毎水曜日・午後(13時30分〜16時30分)、OT棟で行われる。「児童デイケアに比べ、ゲーム要素の少ないSSTが特徴です。基本的には、みんなで意見を出し合い、話し合いの場を設定。内容は、本人の悩みや、バイトに関することなど、自分を見つめられる機会や安心感、自分を大切にできる場であることを目的としています」と臨床心理士の視点から山中先生は話す。
児童精神科外来における
PEERS®プログラム
思春期は友達との関係が重要な発達段階。友達づくりを成功させるには
法則があり、ASD児にあわせて整理されたプログラムがPEERS®。その
実践と効果を尋ねた。
外来治療で取り組まれている一つが、おおむね11歳〜18歳を対象としたPEERS®プログラム。内容は「友達は選択」をテーマに、親子が並行して90分のセッションにのぞむ。全14回実施される学習項目には、自分にあった友達を選び、情報交換、会話に入る、からかい言葉・とまどい言葉への対応など多岐に渡る。導入している医療施設は九州ではまだ数少ないが、アメリカ・イギリス・韓国などの海外では注目されているSST®プログラム。
参加者からは、〝友人と遊ぶ機会がつくれるようになった(中1女子)〞、〝ゲームチャットで約束し、友達と遊ぶ宿題を果たせた(小6女子)〞、〝ここに来て、帰るころにはもやもやがなくなる(小4男子)〞といった声が寄せられている。トレーニングに携わる臨床心理士の山中毅先生は、「この〝友達は選択だ〞というテーマで実践的な友達づくりのスキルを学べる貴重なプログラムです。人とのかかわりが苦手な児童が友達づくりに自信が持てるようになる様子を観察でき、それは思春期児童にとって親子関係が深まる機会にもなりうることがわかりました」とそのメリットに、期待を寄せる。
親が取り組むプログラム
多職種でサポート
医師と心理士が中心となって行われているプログラム。
講義やロールプレイを通して、子どもの行動をとらえる。
CARETM
院長が注目しているのは、CARE(Child-Adult Relationship Enhancement:子どもと大人の絆を深めるプログラム)である。「これは子どもとよりよい関係づくりに大切な養育スキルを体験的に学ぶことができるプログラムです。エビデンスの示された治療法や理論に基づき、トラウマインフォームドな視点から開発されていますので、愛着や発達など、さまざまな課題を抱える子どもとの関係づくりに適しています」。親向けとして、3回に分けて個別面談を実施。肯定的であたたかい関係性は回復や発達の土台となり、大きな効果が期待できるという。
ペアレント・トレーニング
全6回・年2クールで行われているのが、〝ペアレント・トレーニング〞。ADHD児の親を対象にして多職種で実施(心理士・精神保健福祉士・作業療法士)、「子どもの好ましい行動を増やし、好ましくない行動を減らすこと」が目的。子どもは自信を持って過ごせるようになり、保護者は親としての自信を取り戻すことを応援する。プログラムの前半は講義を聴き、後半はスタッフのロールプレイ動画を観たあと、参加者同士がペアとなり、子ども役・親役を演じるロールプレイにチャレンジ。体験後は互いの感想を共有し、子どもの特徴(性格)を行動で捉えることを学んでいく。
児童思春期は、発達とこころの状態が目まぐるしく変化する時期に当たり,様々なストレスを受けやすい時期だそう。さらに、精神疾患や発達障害を持つ子どもの親もメンタルヘルスの問題を抱えてしまうケースが少なくないという。「子どもさんと親の双方に専門的な治療や学校・地域の支援が非常に重要だと感じます」と話しながら、デイケア棟で過ごす児童にやさしく声を掛ける院長の姿に、熊本の児童精神科医療の未来を託したい。
医療法人 信愛会 玉名病院
